MAYUさんのがんばっちゃうぞヽ(`Д´)ノ

ゴールデン&ラブラドール専門ブリーダー プレジールケンネルで働いてる人。ゴールデンが大好き!お店での出来事を中心掲載。  日常のぼやきも含むかも(´_ゝ`)

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あれから1年

今回の記事は、お店とは関係ないのだ。
MAYUさんの個人的なお話。


タイトルにもある通り、ある出来事から1年がやっと過ぎた。

去年の今頃、突然1ヶ月間休みをもらった。
9年間一緒に歩いてきた人が、突然この世からいなくなったのだ。

血液の体質による心臓病。

この事がわかったのは11月6日。
風邪をこじらせた彼を無理やり病院に連れて行って発覚した。

診察の結果重度だとわかった。
何がきっかけで不安定になるかわからないからと、緊急入院。

それから私の仕事は午前中のみで切り上げて病院へ通った。

暇だと嘆く彼のそばにいて、何もしてあげれないジレンマと年末に向けて仕事が忙しい時期のあせりで複雑な日々をすごした。
カテーテル検査で、開胸手術が必要だと医師から告げられた。

私は彼が入院していた病院勤務の経験があり、そこは専門的な病院で患者の病気の違いによる介助を知る為にある程度病気の勉強が必要だった。おかげで彼の病気の重大さは血の気が引く思いで医師の説明を聞いた。
主治医は当時働いていたときから良くしてもらっていた医師だったため、「MAYU、ある程度わかっていて、きついだろうけど大丈夫か?」と言われながら、細かい説明を聞いた。

今の彼では開胸手術は困難である事、血管状態もあまり良くない為それを改善してから手術をする、気温の差でいつショック症状が起きるか不安定であるがこれ以上の治療は手術しかないと告げられた。

2週間の入院で心臓状態が安定し、薬で血管状態を改善する事しかないため退院し自宅療養になった。

「家はいいなぁ。気つかなかったけど」
と無邪気に笑う彼の顔が忘れられない。

退院後は、彼の勤める会社にお詫びの挨拶をした。

私も、いつも通り店にもフルタイム復帰をした。

しかし、退院から1週間後・・・。
私が仕事から戻ると、彼が血の気の無い顔で階段でうずくまっていた。
異常すぎるほどの顔の色だった。

私は、娘二人におにぎりだけを用意し、病院に彼を運んだ。
救急車はいやだと彼が言う為、タイミングを見計らって車に乗り込み病院へ運んだのだ。

病院に着いてすぐにショック状態になった。
ICUでは、あまりの苦しさにベッドの上で暴れている彼がいた。

泣きながら彼を抑える事しかできない自分。
このまま彼がどうなるのか突然過ぎて受け入れられない自分。
必ず治ると信じている自分。

今思うと、どの自分がいたのだろうか。

暴れている彼のそばで、彼の両親、彼の姉夫婦、娘たち、私の両親に連絡を入れた。
泣きながらどう伝えたのかわからないけど「すぐ病院に来て」と言うだけだったらしい。

娘たちには、「走ってじーちゃんばーちゃん家にすぐ行きなさい。パパのそばに居て」と言っていたと上の子があとから話してくれた。

皆が到着したときは意識が無くなってからだった。

最後の苦しでいる姿は、私だけしか見ていない。
私だけで良かったと思っている。

あまりにも壮絶だったから・・・。

作り話に聞こえるかもしれないけれど、彼は無くなる前日に私たち親子に残した言葉がある。

寝る前に、突然彼が言い出した。
「もし俺に何かあったら、福島の実家に帰って親に手伝ってもらって子供たちを育ててくれ」
「お前はまだ若い。子供たちを大切にしてくれると信じれるやつがいたら俺の事は忘れて結婚していいぞ」
「ママを助けてな」

私は「冗談きつすぎる。あなたは大きな事故をして大破した車の中から生還した人よ?例え刺されても死にやしないわよ!どアホ!」
と怒鳴った。

まさか彼が突然居なくなるとは思っても居なかった。
手術をすれば助かると信じて、自分自身に信じ込ませて生活してきたから。

この世に神様がいるなら、彼は神様に最後の言葉を残させられたのではないか・・・・

そうなのかもしれないけど、当時の私にはそんな事を言うから糸が切れたみたいに悪くなったんじゃないかと思って何も語らない彼に怒鳴る事しかできなかった。

よくよく考えると、二人で思っている感情を素直に出せるようになったのは彼が死ぬ1年前からだ。
下の娘が産まれてから彼は私の考えが理解できないと、話を突っぱねられ、私が引かないと話が進まない関係になっていた。
それが彼がいなくなる1年前から、彼が素直に私の気持ちを理解してくれるようになった。
はじめは不思議で仕方なかったけど、素直に自分の気持ちが言えるようになって今まで無駄に過ごしてしまった夫婦生活を取り戻すかのように、二人だけで良く出かけるようになっていた。

ドライブしながらいろいろな話をした。
普段言えなかった些細な事まで、包み隠さず話をして数年掛けて出来上がった溝を埋めて行った。

やっと夫婦らしく過ごせてきた矢先に、突然彼がいなくなった。
急変する3日前にあるワクチン注射をした。
察しがつく人がいるかもしれないけれど、あえて伏せておく。

もしかしたら、それが無ければこんな事にならなかったんじゃないかと・・・。
今更なはなしだけど、今でもやりきれない気持ちでいっぱい。

親子3人+1頭での新しい生活を始めて1年がたったけど、必死すぎる1年だったかな。
子供たちを叱っている時に、話半分で聞いている姿を見ると彼が生きていたらとこみ上げるものがある。
上の子が、「お母さん、あまり笑わなくなったね」と呟いた時に胸が苦しくて息が吸えなかった・・・。
必死すぎる姿が、子供には良く見えているんだなぁと思い知らされた。

やっとここ数ヶ月、くだらない事でも子供と笑える日が多くなってきたかな。

彼がいなくなったとき、子供たちの心傷が怖かった。
店長に頼み込んで、ジャスミンの里親に名乗り出た。
ジャスミンに救われてきた事はとても多いと思う。

ジャスミンもシニアになり、遅かれ早かれいつか別れが来る。
まだ小学生だけど、子供達にはそれを言い聞かせて納得している。
その時期になったらそれぞれで、「死」というものに向き合ってくれればそれでいいと思っている。

私も1年掛かって、「彼の死」を考え受け入れてきたから。
子供たちも「父親の死」について、口には出さなくても考え傷ついているはず。
ジャスミンと遊びながら無邪気に笑っている子供たちを見ていると、大人より子供のほうが強いなと実感させられた私の1年でした。
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| 個人のお話&ジャスミン | 23:36 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

Mayuさん

私、涙が止まらなかった・・・。生きていると本当に色々なことがあるけど、本当に必死に生きてきた1年でしたね。あなたに会ったとき、私は一目であなたのことが好きになりました。どうしてかな。あなたの人間性が思い切り出ていたような気がします(笑)。
我が家も2年前に火事になり、殆ど全てを失いました。子供達はいまだに沢山の人たちから寄付して頂いた洋服を着ることが多いです。お金で買えないものも沢山失いました。でも、一緒に居てくれたゴルに何度も癒されたのも事実です。
ご主人からのメッセージ、ズシンと胸に響きます。彼の家族を想う強い気持ちが私にも伝わります。
父親の死を目前にした子供達のこれからの心の成長はとても大きいと思います。でも、Mayuさんが一生懸命生きている姿をしっかりと見つめて、めちゃ頼りになる子供たちに成長するでしょうね。
火事の後には、我が家のゴルも他界しました。病院ではなく、家族みんなで介護し、最後まで時間を共に過ごしました。2ヶ月の間に色々なことが起きましたが、子供達は確かに大きく見えます。
Mayuさん、これからも体だけは大切に。体は資本ですからね。いつも応援してます。早く来年の8月にならないかと皆でカレンダーにXマークつけてますよ(笑)。

| 3Kママ | 2010/12/28 05:00 | URL | ≫ EDIT

3Kママさんへ

子は宝というけれど、改めて実感しました。

さて、夏のご来店お待ちしておりますよ(^_^.)
元気な子犬に育つように、ケアも頑張ります。

今年の夏は異常な暑さだったので、来年も暑さに気をつけます。
待ってますね!

| MAYU | 2010/12/28 16:30 | URL | ≫ EDIT















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